社長  閔 南淑のブログ ・ 温エネルギー記

第5回 温エネルギー研究会

2012.5.16

2012年5月14日 ホテルニューオータニにて

第5回温エネルギー研究会が開催されました。

       

1. 健全な食べ物・健全な考え方 ・ 温エネルギーで養生する生き方を目指す

2. 温熱の素晴らしさを伝えた歩みの中、医療的な地位向上の現状

3. 健全な食べ物について

4. 参加者の温熱体験

5. 健全を考える朗読

   「 神性 」 ・ 「 天を想う 」 小塩 節 訳の 「 私のゲーテ 」 より抜粋

   常任理事 宮崎 絢子 氏により 素晴らしい音楽に合わせ朗読されました。

温エネルギー研究会活動報告はこちら

盛和塾 九州沖縄地区 塾長例会

2012.4.23

2012.4.12
福岡20周年記念に当り
福岡ヒルトンホテル シーホークにて

心を高める 経営を伸ばす

人 ( 社員 ) に、会社の方針を分かって頂くために・・・

人との係わりについて 稲盛 和夫 塾長の教え 私への影響        

 

人は生まれ育ちが違い 考え方も違い 固定概念に凝り固まって
仕事が出来ない人は分かってくれない。聞いてくれない。
このような人にどうしたら良いのかについて

自分勝手 ( 都合 ・ 便利 ・ 身勝手:わがまま ) で いい加減な人に
どのようにして正しく仕事をしてもらうか?

それは普遍なる哲学 ( 心理 ・ 物理 を秩序と法則性で解いて ) をもって
日常の分かり易い言葉と社長の人間性で理解して頂くように努力することです。

その時 人の心を読み 心理を理解 し 心を打つような話が出来ないと リーダーにはなれない。
※心理を理解 : 心は理なり。その状況を解いて治めること。
治められないことは こちら ( 社長 ) が理解できていないこと。

自らの自社のフィロソフィを 分かり易い日常の言葉を使って 人間の喜怒哀楽の心情を問い・・・
自分勝手でいい加減な人より 『 不適を挘(むし)る (引き抜く・はがす・ほぐす) 』 と
言っていいでしょうか。

・・・その折、人間愛・感謝の念・思いやり・人間として何が正しいかがあれば
厳しい事を言っても決して人間関係が崩れる事はない。
この時、人間関係が崩れるようであれば、社長の器がその程度しかない事として認識する事です。

人間は誰でも皆 根 ( 真我 ) は純情である。その純情が目覚めるように・・・

会社は、皆の幸せの為にあることを分かち合うよう
哲学 : 人間は何のために生きるのか・人間として何が正しいかを
日常の言葉を使って 分かち合うように努力することです。

分かち合うと そこからエネルギーが生まれ 良い方向に向かうのです。
・・・すると さまざまな物事が好転していくのです。

これを 日々新たに創意工夫することです。この前後は省略致します。

4/13 翌朝の塾長の教え

ホテルでの朝食のためレストランに着いたところ 多くの人が並んでおりましたので・・・
集合時間に間に合わせるため・・・部屋に戻りカバンを持ち並んでいたところ・・・
塾長先生が秘書5人と朝食を終え お戻りなさる折に重ねられ・・・
朝で朝食の後でもあり 声出しを控えお辞儀で配慮を供えたところ・・・
先生は 『 お先でした 』 と お静かな声で 丁寧にあいさつを下さり 歩かられる向こう側から
温かいエネルギーが私に届くのを体験し 胸が温まるのを感じたのでした。

そのあいさつも いろいろあるでしょうに・・・

千人ほど集まった一人の人に 礼の重要さと丁寧さで 人を直し治める場面を
一瞬で永遠に忘れられない記憶として留められたのでした。
言葉使いを日々反省し 重んじる我が社のために 大きな励みとなりました。

この出来事を何人かの塾生に問いたところ ますます先生を尊敬なさると申した方がいらしゃって
ますます感動したところでした。

あのハワイでの朝食の折と同じく・・・

2010年1月

ハワイ開塾式参加 ホテルで朝食の折
姿勢を正しく調整をしながら みそ汁を飲んでいる折 先生がいらっしゃるのを知らない私に
朝食を終えお戻りなさる先生は 私の側を通られ 『 おはよう 』 と
丁寧にあいさつを下さったとのことでしたが
私はみそ汁を飲んでいる最中で まったく気付かずにおりました。

その直後 塾生3~4名が食卓に参入し 何故 先生のあいさつを無視するのかと怒られ
驚いてしまい まったく気付かずの出来事を反省しつつ・・・

また その場面を観ている人々がいることを 不思議な教えの修養の体験の場となったのを
生起したところでした。

礼を重んじ 礼ある人生を・・・
そうありたいと思う私達に 素晴しい出来事として 永遠に語り継がれることになりました。

それらを 孔子様の教えの 礼儀 ・ 信義 ・ 修養 を 重ね合わせ
『 自分を戒め 』 我が社の教訓にすることに致しました。

『 礼以て之を節し、信以て之を結び、容貌以て之を文(かざ)り、
衣服以て之を移し、朋友(ほうゆう)以て之を極む 』
  ( 礼記 ・ 表記 )

『 孔建訳 』
礼儀によって 言葉を整え 信義によって関係を固め 表情に注意して交際を滑らかにし
衣服を正しくして気分を改め 朋友を選んで修養をいそしむ。

また ゲーテの 二つの強制力は 『 正義 と 礼儀 』 をも。

これらを事業を通して言動を研き 人間性を高める励みを
『 お先でした 』 の 塾長先生の 丁寧な一言で目覚め励むことになりました。

有難いことにでございます。
与えられた一瞬に感謝を込めて。

 

福岡に向かう機内で、JALの雑誌である「スカイワード」の
稲盛和夫×松井秀樹の対談の中で紹介。

中村天風の教え

  •   新しき計画の成就(じょうじゅ)は、只不屈(ふくつ)不撓(ふとう)の一心にあり。
  •   さらばひたむきに只想え。 気高く、強く、一筋に。(JAL社内に掲げている)

 

2012.4.23 本社営業部 朗読し合う

温エネルギー記

2012.4.7

 

2012.3.18(日)

 健全な食べ物 + 健全な意識 + 温エネルギーで養生する生き方を目指す 』

を、実践・実現させる 温エネルギー記

 

人の中に住み着いているものを 温エネルギーで 善良なものに転換させる働きを

健全な食べ物 ・ プラスの考え方 ・ 温熱器を活用し 成し得る確信からの 私の体験記です。

心身共に温かいと 魂は平和になるものですから。

( 温かいとやることが正しくなるが、温かくないと不平不満が出る人間の本性 )

人間は、生まれながら 平安と喜びを求めるように作られているので

心身が邪悪(ストレス)などで歪んだ折、温エネルギーで癒す体験の記録です。

 

善良なもの

素直  正直  知恵 分別 ・・・

健全なもの 純粋なもの 元気なもの  明知なもの

明るいもの  道徳的なもの 配慮あるもの

気持ちが温かく通うもの 真 ・ 善 ・ 美 なるもの

真理を愛するもの 正しきもの

これらは 人間の徳性から もたらされるもの

 

邪悪なもの

人間の真我を覆い 生の営みの中 邪悪なものを見覚え

それらを嫌がり 自らを守るため 心(魂)の奥に記憶し

捨てられぬまま居座らせ 人間の生命を虫食むもの

病い 近親の死 災難の影響 悲しみ 無知 軽蔑 無頓着 ・・・

仏教で言う三毒

善根を毒する 3種の煩悩

① 貧欲 : 自己の欲するものに執着して飽くことを知らないこと。

② 瞋恚(しんい)(怒り) : 自分の心に逆らうものを怒り怨むこと

③ 愚痴 : [ 仏 ] 理非の区別のつかない愚かさ 『 邪見 』

  •         ※ 言っても仕方のないことを言って嘆くこと。         広辞苑より

 

 小塩 節 訳 私のゲーテより抜擢

冬のハルツ紀行

・・・前文省略

慰めの香油も 『 毒 』 となり 溢れる愛を飲みほして

人間憎悪を得たものの 苦しみを あぁ 誰が癒そう。

まず軽んぜられて 今や軽蔑するものとなり 飽くなき我執に捉われて

『 自らの価値をひそかに食いつくすのだ 』 。

・・・28歳のゲーテの詩ですが 人間の本性を見事に現わしており 私の生の体験の中

熱 ( 温エネルギー ) を直接体にあてる器具に出会う事で 失われた自らの価値を取り戻す体験記を

私が生の支えとしている この方の詩で後押しされ アップすることになりました。

☆ 慰めの香油も毒となり

想念や美味しいもの ( 食べ物 ) も 新陳代謝に欠けると 毒となり 体 ( 自他共 ) に障る意味として翻訳

想念や美味しいものが 新陳代謝になり  毒ではなく 薬となるよう 『 学びと努力 』 がいるのである。

・・・ その時に応じての自己なる人間造りの健全のために ・・・

・・・ 油断すると 反対の方向に進んでしまうので。

生ある限り 自己ケアのため 三井式温熱治療器をセンサー ( 検知器) として

直接体にあてながら 自己に向き合い

心身を正常な健全 ( 人を全体として建てる意味として ) へ導く 希望の体験として

邪悪なもの ( 毒性 ) を 克服したところから発しています。

 

健全な食べ物

人を全体として建てるバランスの取れた食べ物

健全な精神は 健全な肉体に宿るものですから。


学研の 人のからだ 病気と健康 食物と栄養編  142P~143P ご参照

盛和塾 台湾開塾式参加して学ぶ

2011.12.20

2011.12.2 台北圓山ホテルにて

『 心を高める 経営を伸ばす 』


日本を始め、世界各地の64塾より 282 名・台湾新塾生 143 名 計 425 名参加し学び合う
世界で名高く台湾一の美しいホテル 『14F建 朱柱の圓山ホテル 』 にて、台湾塾生140余名の方々、
一人一人 心を高め、経営を伸ばす決意発表に、参加者も それと重ね合わせ、聞き入り、
決意を新たにする雰囲気に包まれました。

         『 人生について思う事 』 

稲盛塾長 講話のご指南の印象について

人間は、病院に行って診断を、スポーツジムでトレーニングをし、
健康のため、肉体のために、色々なことをして健康を管理しています。
しかし、心の管理のためには、それらが少ないと思います。

心の管理は大切であるが、多くの人々があまり関心を持たない。
不平不満を持って怒り、愚痴をこぼし、心を煩った状態でイライラしています。
その病症として、心筋梗塞、脳梗塞など・・・そして、その怒り、不平不満な心の状態が
家庭崩壊・ガンなどを引き起こしています。

人間は、肉体が心に影響しているのは多いが、心が肉体に影響しているのは、
あまりにも少ないと思います。
人生と肉体に影響するのは、心に思ったことであり、そのまま反映します・・・。
すなわち、心に思ったことで体が捉われる・・・そのままに。

それらを仏教・禅宗でも、明らかにしています。
心を静かに持つ事! 温和(平和)な心を持つこと!
それを、ジェームズ・アレンさんは、原因と結果の法則で見事に現わしています。

 『 原因と結果の法則 』 のしくみ   24P

心の中に蒔かれた(あるいは、そこに落下して根づくことを許された)思いという種のすべてが、
それ自身と同種のものを生み出します。それは遅かれ早かれ、行いとして花開き、やがて環境
という実を結ぶことになります。良い思いは良い実を結び、悪い思いは悪い実を結びます。
外側の世界である環境は、心という内側の世界に合わせて形づくられます。そして、好ましい
環境と好ましからざる環境の双方が、究極的には、そこに住む人間の利益に貢献します。
人間は、自分自身の果実の収穫人として、苦悩と喜びの双方から学ぶことができるからです。
人間は、心の奥底の支配的な思いにつきしたがい、誤った行いをつづけながら、また正しい行いに
努めながら、やがては、それらの果実である自分自身の外部環境に行き着くことになります。
「原因と結果の法則」はあらゆる場所で機能しているのです。

これを、庭造りに例えますと、勝れた庭師は、善い庭造りを正しい思いでし、
正しい思いを育むのであります。そして、美しい庭園を作ることになります。

心の管理・・・心の手入れをして、美しい草花を咲かすのか
心の管理・・・心の手入れをしないで、雑草が生い茂るのか

それは、人間として正しい思い、美しい優しい思いやりの愛の心を持つ事が大切であるのです。
と、アレンさんは言っております。正しい善い思いを巡らすことは、気高い方への上昇、
誤った思いは、下落のところとして、結果に現れます。
単純なことで、善い思いは善い結果を、悪い思いは悪い結果を自ら招いているのです。

人間は、悪い思いの力が、その通りに、その人を育成してしまうことを明確に教わっていませんから・・・。
頭の管理は、一所懸命しているが、心の管理は一所懸命でない。
心を見詰め、自分の心がどのような状態にいるかを管理すること。他人ばかり見るのではなく、
『 他人を通して自分を見ていることを気付き、自分の心を素晴らしいものにする習慣をつけていくこと。 』
それらを訓練すること。
私は一番大切であると信じています。

心を素晴らしいものにするため、心がどのようになっているのかを、知らなくてはなりません。
人々は、色々な思いを持って生きています。
人生というのは、どのような道を辿っていくかではないか・・・と、思っています。
また、辿っていく運命があるのではないかとも思います。

人生は、その運命というものに遭遇しながら生きていく・・・
善い思いは善い結果を、悪い思いは悪い結果を・・・
途中で起きた出来事が、『 どう思うかで決まっていく 』 と、思います。

それを、400年前の明の時代の
『 因果の法則 』 によって 『 運命 』 を変えることができる  陰隲禄(いんしつろく) 立命
で、学ぶことが出来ます。塾長より反復で教えていただく内容を、盛和塾 機関紙 90号 ( 09.2月 )
人は何のために生きるのか ニューヨーク市民フォーラムより抜擢。

人間は、真我と自我・・・真善美と不真・不善・不美として、理解することが出来ます。
仏教では、三千草木に仏が宿ると・・・高次元の心が、全てのものに宿っている意味であります。
その仏の心を、真我と呼びます。

自我とは、欲望 ・ 怒り ・ 妬み ・ 愚痴 という悪気心と呼びます。
人間の心は、この真我と自我が同居しています。
人を助ける善き心・・・
これを、インドの詩人タゴールは、その心をコントロールするしかないと言っています。

タゴールは、神の前に私は立っています。
私は、神のお望み通り、素晴らしく美しい人間になりたいと思い、行動しますが、
無意識に身勝手な荒々しい大きな声 ・ 醜い愚痴や振る舞いが出てしまいます。
私達人生を真っ当するため、神が低次元のものも、生きるため与えているのです・・・と。
その低次元が、身勝手 ・ 欲望 ・ 怒り ・ 妬み ・ 愚痴 などのものであります。

私達は、この自我をコントロールして、それらの主人にならないようにしなくてはなりません。
すなわち、素晴らしい人間性の心が、晴れ渡る、美しい思いやり・優しさ・慈愛を出すよう、
コントロールしなくてはなりません。と、言っています。

☆ このような思想を、ドイツの思想家シュタイナーは
   『 バラが美しいが故に その庭園もまた美しい 』
  と、表現していて、私は思い起こしました。

人間は、成功に酔いしれ、邪悪に陥りやすい生き物でもありますから・・・
神様が、善き心で気を付け、コントロールし、高次元の精神力で
『 人のため 世のため 自分のため 生きなさい 』
と、タゴールは神と高次元 ( 美しい思いやり・優しさ・慈愛など ) を解釈しているのです。
ここで、自分が成功した折に、善知者 ( 善きことを知っている者 ) である
と、いう思い込みは気を付けることです・・・と。

キリストは、「 左頬を叩かれたら右頬も叩かれなさい 」 と、言っています。
仏佗(ブッタ)は、最低限の自我が必要であり、それらを一割程度に、
高次元の真我が9割になれれば良い と、説いています。

人間は、日々、心が荒れて乱れることですから。
それを浄め、素晴らしく美しい心にコントロールしなさい と、
先人達は申していらっしゃいます。

ここで、自分が自分が・・・と、損得を考えて出る邪悪な心を抑え、
自分の中から、立派な真我が出るようにし、
日々 経営者として善き判断をしていくことを、コントロールしていく必要を
学ぶことができます。

たとえば、日本であった賞味期限の例が示すように、
低次元の自我で判断すると、多くの従業員や社会人を惑わすことになります。
饅頭の味は問題ないのですが、期限切れのものに表示を張り替え発覚した件は、
低次元の判断を、見事に現わしています。

その低次元の判断をする私を抑え、善き私を出すようにコントロールしなければ
ならないことを、この件は教えています。

判断には、その人の人間性が現れています。
それを、西郷 南洲 の教えに学ぶ事が出来ます。

『 人生の王道 』 稲盛 和夫 著

『 遺訓 26条 』  83P
己れを愛するのは善からぬことの第一也。
修業の出来ぬも、事の成らぬも、過ちを改むることの出来ぬも、
功に伐(ほこ)り、驕慢の生ずるも、皆 自ら愛するが為なれば、
決して己れを愛せぬもの也。

『 遺訓 24条 』  85P
天は、天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬する目的とす。
天は、人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也。

『 遺訓 22条 』  76P
己れに克つに、事々物々時に臨みて克つ様にては 克ち得られぬなり
兼て気象を以て 克ち居(お)れよと也。

塾長 訳
己れにうち克つに、全ての事を、その時その場の いわゆる場あたりに克とうとするから、
なかなかうまく いかぬのである。
かねて、精神を奮い起こして、自分に克つ修業をしていなくてはいけない。
を、引用し、ご指南下さいました。

会社は、TOPの器で決まります。自分の人間性の器にしかなりません。
その器が大きくならないと、会社が大きくなった時、舵取りが旨くいかず
必ず ☓ になるケースが多いのです。
自分の器を大きくすることが、肝要であります。そのために学びが入るのです。

私は、若いころより、哲学・宗教関係の本を何十冊も枕元に置き、
どんな時でも一行でも読み、理解しようと努め、今の京セラ・KDDI・JAL再生などに
役立ててきました。
その時、大事なのは、高い理想を掲げることであります。

自分の人間性・人格の器を大きくするため、高い理想(理念の想い)が肝要と思いました。
松下幸之助様、本田総一郎様、盛田昭夫様達も、お会いし、その人間性に触れた時、皆様素晴らしく、
温かい多らかな大きな理想がありました。

会社は成功し、30年も経つと、その人格・社格を維持出来ないと ☓ になります。
そこで、『 心を高め、経営を伸ばす 』 高い理想が必要になります。
人間は自分の意志で人格を研いていくのですが、その研鑽と実践を通して積まないと、
ただ知識・見識で終わってしまい、役立ちません。
その時、肝要は胆識になります。

『 実践を通して真我を見通す胆識を引き出す これが勇気であります 』
たとえますと、『 論語 読み 論語知らず 』 と、ありますように。
ただ、知っているだけでは、何の役にも立ちません。
見識だけでも ☓ です。

西郷 南洲
『 遺訓 25条 』  87P
人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして、
これを尽くして人を咎(とが)めず ( 取り立てて問いたださず )
我が誠の足らざるを尋(たず)ぬべし。

塾長 訳
人を相手にしないで、常に天を相手にするよう心がけよ。天を相手にして自分の誠を尽くし、
決して人の非を咎めるようなことをせず、自分の真心の足らないことを反省せよ。

ここで私は、至高の両翁の全人格の形成を理解する機会を得、
この美しく崇高な人格を培っていらした原動力の思想に触れ、
私も長い間、問いてきた 人間理解への深まりに気付きました。

西郷 南洲
『 遺訓 30条 』  134P
「 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人 」 ・・・ 以下省略

人のため 世のため 真我で働き死ぬ・・・
と、西郷 南洲は教えています。

ジェームス・アレンさんが言うように、美しい花を咲かすため自我を死なし、
真我で花を咲かせることが出来ることを確認することができます。

人間は成功すると、傲慢になりがちであります。
毎日、反省と共に謙虚にする必要があります。
ある意味では、自分のものと言えるものは、心以外はないとも言えます。
宇宙の知恵蔵より、仏佗がお示しの知恵を借り、人のため 世のため 役立たせることです。

悪い自分をコントロールし、それは低次元に置いておき、高次元の精神で生きることです。
能力があって、そして、人に協助し調和すると、善き自分になります。
仏学を学ぶ人は、人はどこに行くのかの意義を、心を清めることと認識し、行います。
心が清いと、人生は素晴らしい(気が晴れすがすがしい人間性になること)ものになります。と、あります。

☆ 『 このような状態で生きる 』  『 成仏とは極楽浄土 : 私達の住む場所と人が浄化されていて、
  心身が楽々な状態で極に達している ( NHKで放映中の訳 ) 』
  と、鳩摩羅什(くまらじゅう)はインドの仏典を漢字で訳し、今に至ることを・・・

私は想い起こしました。あぁ・・・長い間、迷いつつ・・・人生を知りたいと思い巡らし、
この度、この境地に触れ、私の精神も軽やかに飛翔するのを覚えました。

以上が、私へのご指南の印象でした。
その他、聞き漏れ、追いつかずの貴い思想は今後の学ぶテーマでもあります。
この貴重な機会に感謝を込め、私の精神を浄化し高め、全従業員と共に学び合います。

    2011.12.20 本社にて 私を含め4名にて朗読、認識し合いました。

盛和塾 中国 大連 開塾式に参加して学ぶ

2011.12.3

2011.11.25 公開
2011.12.03 更新 2012.1.07 更新

2011.10.23~24 日本及び世界各地から約160名 現地約640名 大連塾生98名 計約900名参加

『 世界の未来の為に、私達は稲盛和夫先生の経営哲学を学び、心を高め、経営を伸ばそう 』

 

【経営の原点12ヶ条】
◎事業の目的、意義を明確にする
◎具体的な目標を立てる
◎強烈な願望を心に抱く
◎誰にも負けない努力をする
◎売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える
◎値決めは経営
◎経営は強い意志で決まる
◎燃える闘魂
◎勇気を持って事に当たる
◎常に創造的な仕事をする
◎思いやりの心で誠実に
◎常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で
【六つの精進】
◎誰にも負けない努力をする
◎謙虚にして驕らず
◎毎日の反省
◎生きていることに感謝する
◎善行、利他行を積む
◎感性的な悩みをしない

(上記写真 左:竹岸産業㈱社長ご夫妻・ご了解の上公開  右:本人)

具体的内容は、http://www.dl-seiwajyuku.com 『盛和塾 大連』

または、“盛和塾 大連”で検索しますと、参加者のブログで模様がわかります。

その内容は、莫大でまとめられず、私への印象深い内容を
我が社の経営哲学として受け入れ、全社内で学び合う。

 

李社長

前略
私は、努力して経営がうまくいきました。しかし、心が満たされず、悩みました。
社員や愛する妻や子供がいて、社会的地位もあり、高位の人達と付き合いがあっても
心は満たされませんでした。

それで、あらゆるものを学びました。それでも心と体が不満で、
病院に行き、病気を探しました。それでも見つかりませんでした。

☆ 経営は千里を走る、馬のようです。
☆ 空しいものは精神を宿すのを学びました。
☆ 仏教は、心を無に 人を無にする教えがあることを学び、認識させられました。
☆ 儒教は、人を思いやり、愛にする教えがあることを学び、認識させられました。
☆ 道教は、人の道を説き、人に道を教えることを学び、認識させられました。

その中で、人生の事業の成功は、別であることに気付かされました。
それは、稲盛和夫氏の 『 生き方 』 の本を、友人から頂き、分りました。

『 生き方 』 を20回返復し、読み、その意味を情熱的に本気で探究しました。
考え方(-100~+100)×情熱×能力=人生の結果であることを悟りました。
そして得た結果は、

私はこれを車の例で、ハンドル(考え方)×モーター(情熱)×アクセル(能力) として定義しました。
                ↓           ↓          ↓
            人格・判断の方向性  4500cc    強く踏むかどうか、頑張るかどうか

・・・この折、車が高速で走る時と同じく、人生もブレーキが危険を守る装置で働く事に気付きました。
ここで、働く形が正しいかどうか点検をする。心を落ち着かせる。心を静める。
心を整理し、自分や他人を知り、基本に立ち帰る。
そこで、素直に、自他に感謝できる心になれれば、安全であるという生き方を見つけました。

私は、この人間の本来の 『 善き考え方 』 に出会い、ようやく悩みを脱し、解放され
『 自由な精神 』 を、稲盛先生によって見つけることができました。

本当に有難い事にでございます。
この恩恵は、生涯の宝物であります。
ここで、心より稲盛先生の崇高な精神への尊敬の念と感謝を捧げたいと思います。
有難うございました。

それから、私の人生は180度 変わりました。
それは、山登りと同じく、一歩一歩登り、必ず頂上に辿りつくのと同じことでした。
また、3階建ての建物で例えて表現しますと、

 1Fは  衣・食・住  貧欲の象徴です。 たとえば、服・ご飯・家や車   物の欲望の階と諭りました。

 2Fは  精神的空間  大義名分・地位・名誉・・・私はこれを得ても心は空しいと諭りました。

 3Fは  心を高め、魂を研く階です。

単純に、心は1.2Fの働きで汚れます。
その汚れを落とすため、利他の心を持ち、人のため 世のため成す意志と行為と勇気の
実践力がなければ、心は高まらず、魂は研かれませんことを、
高次の先人達のあらゆる思想や稲盛先生は、大宇宙の法則として悟り申され、
実践なされたものを、私達に教えて下さっており、
私にまで、それを諭す幸運を授けて下さったのでございます。
有難いことに・・・。で、ございます。

そこで、私は、『 4Fを作り、消化する 』 階としました。
3Fまでを消化させようと、まず私は、体を完璧にしようと思い、病院に行き、病気を探しました。
何ヶ所も行ったのですが、病気は見つかりませんでした。
そして、『 生き方 』 の本で見つけた、労働により魂を研き、健康を作ると悟らさせられました。
仕事は、修行の道場であることもです。

あらゆる逆境も、魂を研くチャンスとして捉え、全ての考え方を + へ + へ転じさせました。
すると・・・心も体も軽く、安らかで心の奥より情熱(愛)が溢れ出る自分に気付きました。
目標が明確であれば、全てに軽やかでOKであるのに気付きました。

それは、人のため、世のため
『 全従業員を物心両面で幸福にするため 』
『 心を高め 経営を伸ばす 』
この上ない高尚な明確な目標に向け、ハンドル・モーター・アクセル・ブレーキを
上手に使い分けができれば、安全安心で車が目的地に辿りつくのと同じこととして気付きました。
また、一歩一歩登って、頂上に着くのと同じ目標でございます。

これほど、単純でかつ明確な目標を、私達人類は数千年探し求め、旅をし、
ようやくここに辿り着き、我が国 中国に入り、私達に授けられることに気付き、
本日の、この場面を造り出される力を、感じずにはいられませんでした。

そして、今は毎日 反省(自分の行いを省みること)しております。
人間は、忘れる生き物ですから。今は、日々前向きになっております。
考えを定め、目標に向け、発展の種を捜そう・・・
すると、心が発光し発熱する。
LED(エコ電灯)と同じものができ、利益を産むのと同じ事が起きてきます。

これは、道理で 真理であります。
以前は、近道を探すため、遠道に行き、迷ってしまいましたが、
道理は、足元にありました。心を定めることです。

以前は、自他共、欠点ばかり見え、近道を探し、遠道にいました。
しかし、道は足元にあったのであります。

私の仕事は、電子技術分野です。特許もいくつも持っています。
車も飛行機も好きで、探究し真理とその働きを気付きました。
軍事機密の部品も製造しています。国家とも取引があります。

仕事を通して自他共、そして国も進化する・・・。そして、大きなビジョンが確定されました。
『 生き方 』 の本と稲盛先生のフィロソフィ道標で。

心が叫ぶと仕事が向こうから来ます。
(孔子様の教えに 仁(思いやりや慈愛)を求めれば 已(すで)に来ているのだとあります。)
それを有意注意で気付き、知恵で成せばよいのです。単純なことです。

努力すれば必ず成功します。たえず精進することです。
幸福を探す必要はないのです。
今ここに、私達の心にあります。

幸せとは、千里を駆け巡る馬の如きです。
私達の人生が落ち着くのが哲学です。
これで私の人生の縺れ(もつれ)が解決されました。

私は、単純な人生哲学として

心性      欲望 ・・・  (聞き漏れで、思い浮かびません)

・・・人間は安らかな時にしか・・・善き知恵と幸福と喜びと楽しみは沸いて来ません。
この知恵と幸福と喜びと楽しみは、私の魂を満たしてくれます。

これが、私の人生の解決であります。

稲盛先生 謝謝。 皆様、有難うございました。

☆当日、塾長講話は、我が社に最も必要とするものでした。
その内、盛和塾機関紙が届いた時点で ブログにのせ、皆で学びます。
内容は、経営の会計哲学についてでありました。
続きはお楽しみ下さいませ。

この資料は、12月17日(土)全体会議で朗読し合い、学ぶことになっております。
会社創立21周年記念祝い会に・・・・・・『 成田ビューホテルにて 』

2011.11.28 千葉営業会議にて朗読し、認識し合いました。
2011.12.02 本社2名で朗読し、認識し合いました。